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1月16日にスキルス胃がんにより亡くなった、音楽プロデューサー佐久間正英。去年暮れにこの人のドキュメンタリー番組が放送されていたのだが、その拡大版が4月になって放送された。

暮れに放送されたバージョンとの重複は、思った以上に少なかった。拡大版というより、2本はそれぞれ独立していて、両方を観ることで佐久間の晩年の音楽活動や心理面について近づけるように思えた。「暮れ版」はバンド時代にも結構時間を裂いていたが、拡大版はプロデューサーとしての佐久間に重きを置いていた。

佐久間は80年代からプロデュースを始めるが、当時日本にはバンド上がりのプロデューサーはほとんどいなかったらしく、相当なプレッシャーがあったそうだ。しかし、ボウイのアルバムのレコーディングでは、日本のスタジオではイメージに合った音が録れないとメンバーが言い、それならドイツに行こうよとさらりと佐久間は言い、ほんとうにドイツでレコーディングした。壁崩壊前のベルリンでだ。

JUDY AND MARYのTAKUYAは、佐久間によってその才能を見出だされ開花したアーティストのひとりだ。ワタシはこのバンドはテレビで流れるヒット曲を聴いた程度の認識しかないが、実はこれはバンドにとってはかなりのインパクトだったらしい。番組を観終わった後にネットで少し調べ、もともとバンドの主導権はベースでリーダーの恩田だった。それがTAKUYAに移ったのだから、ということは、これがバンド解散の一因にもなったと考えられる。

晩年の佐久間は、日本の音楽業界を憂い悲しむ投稿を行い、業界関係者を震撼させた。コレは、ワタシも読んだことがあった。しかしその一方で、毎日新曲を作ってTwitterで紹介し、その数なんと1000曲以上。コレは、正直言って知らなかった。否定の後に、自ら行動を起こす。これこそまさしくプロの姿だ。

ワタシにとっては、四人囃子のベーシストであり、自身の大学の先輩でもある早川義夫をサポートする佐久間正英というイメージが強かったが、今回、この人の全体像について触れることができてよかったと思う。

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去年8月にスキルス胃がんであることを公表し、がんと闘いながら活動を続けていた、音楽プロデューサー佐久間正英。残念ながら今年1月16日に亡くなってしまったが、去年暮れにこの人のドキュメンタリー番組が放送されていた。

ヒットメーカーとして、多くのバンドを世に知らしめた。布袋寅泰、YUKI、GLAYのTAKUROなどがインタビューに答えていた。乃木坂46の生田という女の子は佐久間の姪だそうで、ソニーミュージックのスタジオで2人でレコーディングするシーンもあった。

佐久間の音楽活動の歩みについても、紹介された。四人囃子にベーシストとして参加し、プラスチィックス時代にバハマでレコーディングを行った際、アレックス・サドキンに出会ったことをきっかけにプロデューサーを志すようになったそうだ。

インタビューに応える佐久間は、仕方がないことだが、頬がやつれげっそりとしていた。個人的には、2002年のフジロックに四人囃子が出演したときに握手してもらったときのイメージがあって、汗をかき生き生きとした表情が脳裏にやきついていた。

佐久間は自身の残された時間を注ぎ込むべく、「LAST DAYS」というプロジェクトに取り組んでいた。ジュディマリのTAKUYA、屋敷豪太、姪の乃木坂生田、佐久間の息子音哉らがスタジオに集まり、レコーディング。ここで収録された曲を含むコンピレーション盤が、今春リリースされるそうだ。

61歳での死は早すぎるが、最後の最後までやりたいことをやりきろうと努めたのではないだろうか。

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アーティスト、プロデューサーの佐久間正英さんが、16日に亡くなられていた。近親のみで20日に密葬が行われ、長男が佐久間さんのTwitterアカウントで発表した。

佐久間さんは、昨年8月に自らスキルス胃がんであることを公表し、手術に臨んでいた。手術は無事成功し、その後早川義夫と共にステージに立つなど、音楽活動に復帰していた。記事によると、15日夜に容態が急変し、その数時間後に静かに息を引き取ったという。まだ61歳の若さだった。

佐久間さんに対するワタシの想いは、去年8月に書いている。
佐久間さんのTwitterアカウントもフォローしていて、手術に向かう直前のツイートなども読んでいた。音楽活動を行っていたことから、完全とは言わないまでも、体調はかなり回復しているものとばかり思っていた。高橋幸宏が、数日前にまた自分より若い人が亡くなったとツイートしていたが、それは佐久間さんのことだったのかもしれない。

謹んで、ご冥福をお祈りいたします。佐久間さんが手掛けた音楽は残り、聴き続けられると信じています。

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ムーンライダーズのドラマー、かしぶち哲郎さんが17日に亡くなられていた。今日バンド側が公式発表を行い、死因は食食道がんとのこと。病名を公表することなく、長年に渡り闘病生活を送られていた様子だ。

ワタシは、ムーンライダーズのライヴを2度観ている。2001年のフジロックと、2005年だ。後者はNHKのラジオ番組「ライヴビート」の収録に応募し当選してのもので、NHKのスタジオで激近でライヴを堪能させてもらった。同番組では鈴木慶一がパーソナリティーを務める週もあったので、コアなファンが集結していた。

しかし、このときかしぶちさんはこの場にはいなかった。鈴木慶一によると体調不良とのことで、カーネーションの人が代役をこなしていた。今回の訃報を聞き、2005年から8年も、いやもしかしたらそれ以上の間がんと戦っていたのではと思ってしまった。

かしぶちさんがどのようなドラムプレイをしていたかという記憶が、2001年のフジロックだけでは、残念ながら脳裏によみがえってこない。それが悔しくてならない。63歳での死も、現代医学の発達から考えれば「早い」と言ってしまっていいはずだ。謹んで、ご冥福をお祈りいたします。

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ストレイテナー『Title』

昨夜の横浜BLITZでのストレイテナーの公演、チケットは当然ソールドアウトで、客の8割はテナーTシャツ姿だった。テナータオルを首や肩に巻いている人も、かなりいた。熱意ある固定ファンを数多く獲得できていることの、証だと思う。

ワタシのテナー熱は、彼らの足元にも及ばない。そんなことを思いつつ、これまで何度テナーのライヴを観てきたのかを、改めて数えてみた。自分でもびっくりしたのだが、単独とフェスやイベントを合わせ、なんと昨夜が10回目だったのだ。

・2005年4月 Liquid Room Ebisu
・2005年8月 Summer Sonic'05
・2006年5月 NHKホール
・2006年7月 Nano-Mugen.Fes'06
・2007年3月 British Anthems
・2008年4月 オンタマLive
・2010年11月  EMI Rocks 2010
・2011年7月 Nano-Mugen.Fes'11
・2012年2月 EMI Rocks 2012
・2013年9月 横浜BLITZ

単独公演となると2006年5月以来で、昨夜のライヴはその7年前のことを思い出しながら観た。フェスと単独とでは、バンドのスタンスが異なることが、序盤でわかったからだ。フェスではハードでアッパーな曲を所要時間内に凝縮させ爆発させるが、単独では結構実験をする。昨夜は、ライヴではあまりやらない曲も結構披露された、レア度の高い(そしてワタシにはリアクションしづらい)内容だった。

今年メジャーデビュー10周年を迎えたテナーは、ハード一辺倒ではなく、メロウ、バラード、サンプリングの導入、エレクトロニクスの駆使など、音楽性の幅を拡大させ続けてきた。この音楽的進化の仕方って、まるでレッド・ツェッペリンじゃないか。ナカヤマのキャラクターは、キース・ムーンじゃないか。日向の風貌は、新日本プロレスの真壁刀義じゃないか(脱線した/笑)。

ホリエとナカヤマのツインから、日向が加わってトリオとなり、そしてOJが加入。ホワイト・ストライプスがニルヴァーナになり、そしてツェッペリンになる。日本どころか海外のバンドでもありえないような変遷を、このバンドは歩んでいると思う。

ワタシはツイン時代は知らないが、中古レコードショップでたまたま流れていた彼らのアルバムを、初めて聴いたときの衝撃を今でも覚えている。カッコいい。なんていう洋楽バンドだろう?でも歌詞日本語だし。・・・この偶発的な出会いがファーストコンタクトであり、そのアルバムこそ『Title』だった。あれから8年半が経ったが、これからも、きっと、彼らは進化を続けていくに違いない。

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今年、ストレイテナーはメジャーデビュー10周年を迎えたそうだ。スペースシャワーTVでは、数か月前に特番が放送されていた。ホリエアツシとACIDMAN大木との対談、交流のあるバンドからのコメントビデオをテナー4人で見る、という、2本の映像が軸になっている構成だ。

テナーとACIDMANは共にEMIで、メジャーデビューはACIDMANが1年早い。大木はホリエよりひとつ年上で、つまり2人そして2つのバンドは、ほぼ同世代でありつつACIDMANがちょっとだけ先を行っていて、お互いを認め合いつつライバルのような関係でもあるようだ。2人のはじめての出会いは、大木によればShibuya On Air Westで対バンしたときで、2組ともインディーの頃だ。

コメントを寄せたのは、アートスクール木下、スペアザの人、エルレガーデン/ハイエイタスの細美、アジカン後藤、テレフォンズ、バックホーンなど。テナーとの出会いや印象、5月にリリースされたテナーのベスト盤から好きな曲をチョイス、などをやっていて、そのビデオを見る4人は楽屋や飲みに行ったときのエピソードなどを笑いを交えて語っていた。日向がしゃべるしゃべる(笑)。『Vanish』のPVにテレフォンズがテナー役で出ていたのははじめて知り、そして笑えた、

テナーはインディー時代はホリエとナカヤマの2人だけだったが、メジャーデビューするかしないかというタイミングで日向が加わってスリーピースとなり、更に大山が加わって現在に至っている。なかなかユニークな変貌ぶりだ。2月の武道館の映像も少し流れ、コメントを寄せたアーティストたちの何人かはゲストとしてステージに立ち、そうではない人も会場に足を運んでライヴを観た人が結構いたようだ。テナーのポジションを示しているようでいて、結構面白い。

バンドは5月から全国ツアーを敢行。6月末で前半戦が終了し、今夜の千葉から後半戦をスタートさせている。ワタシは、明日横浜Blitzまで観に行ってくる予定だ。

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息子の音哉さんが佐久間さんのアカウントで報告されています。
よかったです。

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ミュージシャンでプロデューサーの佐久間正英さんが、9日夜に自身の公式ブログにてスキルス胃ガンに冒されていることを公にした。

発見は今年4月で、その時点で既に手の施しようがなかったそうだ。丸山ワクチンと漢方の投与で一時は小康状態になったものの、他部への転移と脳腫瘍が発見されたとのことだ。

佐久間さんは、プロデューサーとしてボウイやグレイなどをスターダムにのし上げた。桑田佳祐も恐らくそうだと思うのだが、日本に数人しかいないであろう、こうすればヒットするという方法論を掴んだ人なのだと思う。

ミュージシャンとしては、プラスチックスの経歴もあるが、ワタシにとっては四人囃子のベーシストのイメージが強い。世代的にリアルタイムではないが、2002年の再結成時には、可能な限りライヴを観た。佐久間さんがギターで参加している早川義夫を観るために、和光大学の学園祭にも行った。2人にとっての母校だそうだ。

この年、四人囃子はフジロックにも出演した。もちろん観た。その後、アヴァロンフィールドでメンバーが仲間内でくつろいでいるのを見かけ、いちばん手前にいた佐久間さんに、ワタシは半ば強引に握手してもらった。佐久間さんにとっては迷惑なだけだったかもしれないのに、そのときのワタシはただただ喜びを噛み締めていた。

四人囃子@フジロックフェスティバル'02(Fuji Rock Festival)

今日14日、佐久間さんは手術を受けることになっている。直前までツイートしていて、9時半頃に手術室に移動するそうだ。手術は成功する。きっと。いや、必ず。佐久間さん、がんばれ。

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俳優・シンガーのジョー山中さんが、7日に肺ガンのため亡くなった。64歳だった。

一般的なイメージとして強いのは、主題歌を歌い役者として出演もした、映画「人間の証明」だろう。また、内田裕也が主催し毎年大晦日に行われる、ニューイヤー・ロック・フェスティバルの常連メンバーでもあった。

ロック史的には、フラワー・トラベリン・バンドのリードヴォーカルとしての活動があげられる。60年代後半、日本のロックの黎明期に、日本を出て海外で活動していた。ワタシは、数年前のフジロックで再結成ライヴを観ることができ、プログレを思わせつつ、不定形で底知れないパフォーマンスを目の当たりにした。バンドを牽引していたのは、石間秀機のシターラと、山中さんのヴォーカルだった。

1年以上前に病気のことは公表していたので、恐らくはずっと闘病生活を送っていたのだろう。謹んで、ご冥福をお祈りいたします。しかし、ここのところ訃報が続きすぎる。

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ワタシがフジロックで苗場に行っている間、いくつかの訃報が駆け巡っていた。「日本沈没」「首都消失」などで知られる作家の小松左京さんが、26日に肺炎で亡くなられた。80歳だった。

そして、テクノ系アーティストのレイ・ハラカミさんが、27日に脳出血で亡くなられた。まだ40歳の若さだった。ワタシは、苗場でチケットをリストバンドに交換し、オフィシャルグッズ売り場の列に並びながら携帯でネットしていて知ったのだが、情報が口コミばかりで確たる根拠に行き当たらず、最初はたちの悪い噂話なのかと思ってしまった。

ワタシはハラカミさんの曲を聴いたことはほとんどなく、ライヴも実際に観たことはない。矢野顕子とのユニット「YANOKAMI」の映像をテレビで観たことがあるくらいだ。そのYANOKAMIは、今年ロック・イン・ジャパン、サマソニ、アラバキの各フェスに出演する予定だった。今週になってアナウンスがあり、矢野顕子ひとりでYANOKAMI名義で出演するそうだ。

40歳で脳出血で急死とは、なんともやりきれない気持ちになる。潜在的に血栓があって、それが急に切れてしまったのだろうか。健康診断、人間ドックを定期的に受診していれば、早期発見早期解決ができるものだろうか。それとも、難しいのだろうか。

謹んで、ご冥福をお祈りいたします。

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